脳内設定的に8F五日間耐久クエスト時点の話ですが、そんなにネタバレはないです(強いて言えば第二階層の見た目くらいか)。
ソードマンリゼルパラディンジーグのお話。
私ひょっとして「誰かが悩みをぶちまける→諭す→きゅん」という話の流れしか書けないんじゃなかろうかと疑わしくなってきました。今回は恋愛じゃないけど。




厚い毛布に赤子のような格好でくるまりながらも、リゼルの頭は未だ落ち着かないまま、時だけがゆっくりとした足取りで過ぎていく。湿った羊歯の迷宮に三日も閉じこもっていれば、誰でも何かしらのおかしな感情に悩まされるものなのだろうか。これほどまでに寝つけず、冴えた不安に支配された夜は始めてのことだった。
泉の水を飲もう、そうすれば少しは心地が良くなるだろう。今日はひがな一日この太陽の射さない薄暗い森の中、襲ってくる鳥どもを相手に斧を振り回していた。少しでも眠っておかないと、明日の行動に差支えが出る。
すぐ傍らで泥のように眠りこけている仲間の身体に触れないよう、そろそろと起き上がる。


清らかに冷たい泉のそばには何故か怪物たちは近寄らない。ここは絶好の野営地というわけだった。その点ではすっかり気を抜き、武器も手に取らず立ち上がった彼女は、すぐ近くにうずくまる大きな影を見つけ、胃が縮み上がる思いを味わった。
震える手で愛用の手斧の柄を探り当てたところで、闇に慣れてきた目はそれが、他ならぬ仲間の一人、ジーグであることを告げた。やはり寝つけないのか、大きな盾の汚れをボロ布でふき取っているようだ。
ジーグ?」
ささやくと、騎士は手を止め、彼女を認めた(ように見えた)。
「おお、これは、起こしてしまったかな」
いつもは耳に響く大声でしゃべる男だが、さすがに今は仲間たちに気を使って控えめな音量(とはいえ、普通の人間の普段の口調の、せいぜい2割引といった程度の大きさではあるのだが)。
「そういうわけじゃないんだけど」
足音を立てぬよう、大きな影に近寄る。泉の反射のためか、寝床よりも少しは明るい。彼が手にした盾は、獣に刻み込まれた無数の傷で凹凸がついている。それが影となり、昼間よりもよく見えた。
「もうだいぶぼろぼろだね」
ううむ、とジーグは唸る。真ん中に描かれた不可思議な紋様は、騎士の家である彼の一族の紋章らしい。はじめは鮮やかに記されていたそれも、塗料が剥げ、輪郭は曖昧に消えそうだ。おまけに、中央付近にはごまかしきれない大きなへこみがある。野牛の角で突かれた痕だ。
「我輩としてはもう少し使っていたいのだがなあ。潮時かもしれん」
名残惜しそうに盾を撫でる手つきには、単純な思い入れ以上の何かが込められているようにも見えた。リゼルは思い出す。彼が迷宮に挑むのは、今は亡き主家の復興のため、富と名誉を求めてのことだった、と。
「……それは、ご主人様のこととは関係あるの?」
「もちろんよ。我輩がこの街で名を上げ、『翼持つ杖の騎士がエトリアにあり』との風評が立てば……我が主がそれを耳にすれば、再会が叶うかもしれん。そうだろう?」
胸を張って誇らしげな顔をし、それからまた盾に目を落とす。言われてみれば、薄れたその紋様は両の翼を密やかにたたんだ、魔法の杖のようにも見える。あいにく彼女は紋章学にはまるで縁がないため、そう言われるまではただのぐねぐねとした模様にしか見えなかったのだが。
「……だが、これではなあ。とんだ貧乏騎士との謗りを受けてしまうわ」
少し寂しげに、もう一度、傷のひとつひとつに触れていく。地下の暗がりのせいか、急に二十も老け込んだようにすら見える横顔。リゼルは、彼がその愚直な計画を自分自身でもそれほど信頼してはいないのではないか、とそんな思いに囚われた。栄光に満ちていたらしい過去を取り戻すことが既に叶わないのではないか、そう思い始めているのではないか、いや、そもそも初めから本当に希望を持ってこの樹海に足を踏み入れたのだろうか、と。それは、鋭い爪を持った巨大な熊にさえ猛進していく、いつもの豪快な騎士とはまるでかけ離れた想像だったのだが。
それでも、彼女は、ジーグをそこまでやみくもに突き動かす何かが、羨ましいと思った。頭の中の不安が、突然結晶化し、唇からこぼれ出た。
「……私、なんでここに来てるのかなあ」
足を抱え、ことさらにため息をつく。自分は嫌な子だ、と思った。こんな言い方をすれば、面倒見のいい彼は必ず心配をしてくれることを、よくわかっている。
「元気がないな。何かあるなら話してみるといい」
ほらきた。
「別に大したことじゃないんだけどね。みんなそれぞれ、この樹海で何かしたい!って思ってやって来たわけでしょ」
二人の会話に目覚める様子もなく、だらしなく寝転がる仲間たちを見やる。樹海の正確な地図を作る、と息巻くノース。医術の修行のため、と言い、実際めきめきと治療の腕を上げているユール。樹海の珍しい草木や生物たちにすっかり心を奪われているらしいキルケ。街で今頃はやはり眠りについているだろう、他の仲間たちもそれぞれに、自分の中の何かに突き動かされるようにしてここに来た。
「私、ギルドまで作って、人集めて、でもなんでここに来たの?って考えると……」
何も、ないような気がする。好奇心といえばそうだろう。名誉欲がないわけではない。自分の力を試したいのかもしれない。でもそれらは、決して衝動と言えるほど強烈な磁力を持ってはいない。
「それって、何かおかしいなって思うんだ、たまに」
白い狼たちを破り、ひとかどの冒険者、と認められ、そして、思った。
「なんか、私のどうでもいい思いつきにみんなを巻き込んでるみたいじゃない」
申し訳ない、とも思う。そして、何より羨ましい。彼らには、他の誰にも変えられない、強い自分がある。もし彼女がいなくても、いずれそれぞれのやり方で希望を手にしたことだろう。それは、喉元を締め付けられるくらいに苦しい考えだった。
「私、なんでここにいるのかな……?」
胸の中に、ひとつの鉱脈がある。言葉にするたびに、曇った原石は磨き上げられ、純度を増し、きらめく宝石になってこぼれ落ちる。より、深い絶望になって、足場を崩していく。言うんじゃなかった。リゼルは、潤んだ瞳を見せたくなくて顔を伏せた。どうせ闇に隠れてそこまでは見えないくせに。
「つまり、悩んでいるのだな!」
いつもの、単純明快なジーグの声。彼女の吐き出した黒い塊とはあまりにかけ離れていて、思わず耳を疑う。
「悩むのはいいことだな。若人よ、どんどん悩みたまえ」
頭に、そっと大きな手が乗せられた。言葉の勢いとは裏腹に、あくまで優しい動きで、その手は彼女の長い髪を撫でる。盾の傷をなぞる、あの手と似ていた。決して戻らない、何かをいとおしむ手つきだった。
「道しるべもなしに何かを行うのは、さぞかし辛かろうよ。だがな、それは何物にも縛られぬという特権でもある」
声は、低く続ける。
「お主は若い。我輩のように、縛る過去も、しきたりもない。だからこそ、何だってできる。何だってできる中を、他の全ての道を捨てて、ここへやって来た。そのたった一つの道を進むお主を、誰が責めることができる?」
大きな口が、にっと笑みの形になった。
「もし、お主がこの道を選んだ、その理由が今まで見つからなかったのなら、それはきっと、我輩のように過去にあるのではないのだろうなあ」
「じゃあ、どこ?」
「そりゃあ先の先、どこかの未来よ。明日かもしれん、樹海の底にたどり着いた、その時かもしれん。それともエトリアを去って、どこかの街に落ち着いた頃かもな。お主はいずれどこかで、今日の答えを知る時が来る。そう考えればまあ、ちいとは気が楽にならんか?」
そして、彼は少女の肩を軽くぱんぱん、と叩いた。
「ま、それまで悩みは棚上げにしておけばよろしい」
そして、騎士はくるりと後ろを向き、広い背中を彼女に向けた。いやはや、たまに偉そうな口を利くと、照れくさくてかなわん、と頭を掻きながら。不思議な気分でその背中を、じっと見つめた。ジーグが彼女の中に失われた過去の欠片を見つけたらしいのと同じように、リゼルは、一定の時間を生きたものだけが得ることのできる、何らかの力を見ていた。その力は、まだ彼女の中にはない。でも、こんな風に誰かのふらつく肩を支えることができたら、どんなにか。
「ありがとう」
まだ、苦しさは残っている。だから、今この言葉を言ってしまっていいものなのかはわからない。彼女は、また時に眠れない夜を過ごすだろう。緑の森で、羊歯の葉陰で、白い寝台の上で。あるいは、まだ見ぬどこか、深い底で。それでも、きっと今夜のこのことは忘れない。きっと。
「じゃあ、私また寝るね、ジーグ」
急に彼女も決まり悪くなって、ごそごそと毛布にもぐりこんだ。小石が背中に当たるので、払いのけた時、
「ああ、それから……我輩はお主と冒険をするのは実に愉快だと思っとる。多分、他の者どもも同じことだろうなあ」
ふふっ、と自然に笑みが漏れた。どこまでも優しい騎士様だ。
「ありがと。……おやすみ」
「安らかにな」
睡魔は、今度は迅速に彼女の心を暗闇に連れ出した。





◆◆◆◆


ああ、恥ずかしかった。
この子だけ背景設定や動機が思いつかなかったので、いっそ自分でもわからないということにしてしまえーと。
ジーグさんは田舎騎士というイメージで口調を書いてます。なんかじじくさくなったので、ぎりぎり20代と思ってた年齢設定が一気に35まで上がった……(未定)。
最初はもっと落ち着きないうざったい人の予定だったんだけどな!
どうでもいい話ですがこれ、他の仲間が一人トイレに起きたがってるんだけど、なんかシリアスな話してるから出るに出られねえ!という状況だったりしたらかなりおかしい。


ちなみに5日間クエスト、やってる当時はあんまりネタ思いつかなかったので後付ですが、5日終了→解放されてハイテンションな中、さっさと彼女(当時)の元に直行しようとするノースさん→せめて風呂に入ってからにしろと腕づくで止める残り4人、とか、その後喜び勇んで彼女のところに行ったんだけど、5日間留守にするよって伝えるのをすっかり忘れていたため彼女マジギレ→破局とか、そういう話がこの後あるはず……。